2005年04月26日

災害を最小限にする工夫をもっと

今回のJR脱線事故で、揮発性の油のにおいがするので、使える用具が限られている、とのことなのですが、、、それは想定の範囲内だと思う。

防爆の機器とかあるっしょ。高いだろうけど。爆発の危険があるから作業ができないとか、夜に入ったから作業ができないとか、想定できそうなことは早めにつぶしとくべきだと思う。
特に人命ですから。道路でなくてそういうことに金使ってほしい。
火花が飛び散らない工夫はもっとできるはず。

または、揮発性の匂いがするなら、油が爆発しにくいようにしたらどないよ。
固めるテンプルみたいなのをうまいこと投入して、なんとかならんもんかねぇ。

自衛隊も都道府県知事の許しとかいらんから、即現場にいかんかい。ってか、災害専門チームを作るべき。有志でもいいけど。消防と警察だけでは、小回りがきかない可能性がある。
最後は自分たちは自分たちで守るしかない。

2005年04月25日

<尼崎脱線事故>無残な姿に渦巻く「悲しみ」と「怒り」

 「不運ではなく人災ではないのか」――。

兵庫県尼崎市で25日に起きたJR福知山線の惨事。線路脇のマンションに突っ込んだ車両の無残な姿が未曾有の事故を物語る。死者は50人にのぼり、犠牲者の遺体が安置されている市記念公園総合体育館には同日夜、悲しみの遺族が次々と訪れて遺体と対面。すすり泣く声が漏れた。一方、現場では、列車内に閉じ込められていた乗客が救出される度に、安堵(あんど)の声が沸き起こったものの、遅々として進まない救出作業に、もどかしさの声も漏れる。安全管理に不備はなかったのか。関係者は「悲しみ」と「怒り」に包まれた。
 ◇悲惨な現場「まるで地獄絵」「…やるせない」
 電車が突っ込んだマンション周辺では仮設テントが設置され、駐車場に青いビニールシートが広げられた。警察官や消防署員が、車両内に閉じこめられた乗客の救出作業にあたり、大阪府や兵庫県から派遣された救急医らが、救出されて横たわったけが人の治療に追われた。現場近くの尼崎中央卸売市場の従業員らも駆け付け、氷や水、青テントを持って乗客らの介抱をした。
 脱線した電車は先頭車両がマンションにたたきつけられ、へばりつくようにぺしゃんこになり、計5両が脱線した。25日夜になっても、投光器で照らされる中、消防、警察、自衛隊らによる懸命な救出作業が続いた。重傷者については近くの中学校の校庭からヘリコプターで各病院などに運び出された。一方、毛布で頭の先から足の先までスッポリと包まれた遺体は、担架に載せられて線路脇の救護所まで運ばれ、車で尼崎市の遺体安置所まで搬送された。
 現場近くにいた会社員の男性(45)は、事故直後の車内に入って救出作業を手伝った。「ガラスに顔を突っ込んで血まみれの女の人、積み重なって倒れた人の下敷きになって息も絶え絶えの男の人。まるで地獄絵だった。最初は、うめきながらもみんな息をしていたが、救助しているうちに、次々に死んでいった」と唇をかんだ。
 阪神大震災の時も被災者の救出作業にかかわった近くの会社に勤める男性(53)は、負傷者にタオルなどを配った。「震災が思い起こされた。やるせない」と話した。
 三田市の男性会社員は「娘がこの電車に乗っているかもしれない。携帯電話を20回かけても通じない。少しでも近くに行けば情報があるかと思って来た」と心配そうに現場を見つめていた。

2005年04月20日

九州・山口で震度4

津波の心配はないようです。
posted by k at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福岡沖玄界地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月11日

震度5が通勤客直撃、JR各線で一時運転見合わせ

 千葉県北東部と茨城県南東部を11日朝、襲った最大震度5強の地震は、月曜日の通勤客の足を直撃した。

 JR総武線などが相次いで運転をストップ。電車に閉じ込められた乗客は、イライラしながら運転の再開を待ち続けた。

 成田空港では、2本の滑走路を地震発生から10―16分間閉鎖して点検したが、異常はなかったため、運航を再開した。

 成田国際空港会社によると、第1旅客ビルでは旅客用を含むエレベーター13基が一時停止した。第2旅客ビルでは配管の一部に亀裂が入り、機械室に水が漏れた。

 千葉県内の高速道路や自動車専用道路は、東関東自動車道、館山道、京葉道などで地震直後から午前8時20分まで、時速50キロの速度規制が行われた。茨城県内の高速道路も一時、速度規制を実施した。

 JR東日本千葉支社によると、鹿島線佐原―鹿島神宮、総武線佐倉―銚子、成田線成田―銚子、東金線大網―成東の各駅間で運転を見合わせた。鹿島臨海鉄道でも新鉾田―鹿島神宮駅間で運転をとりやめた。正午過ぎには各線とも運転を再開した。

 JR鹿島線では、佐原発鹿島神宮行き普通列車(4両編成)が地震直後から潮来駅近くの常陸利根川橋上でストップ。午前10時過ぎ、橋上で立ち往生していた列車がようやく潮来駅に到着。乗客約30人が下車し、JRが用意したバスに乗り換えた。

 千葉県柏市南逆井、薬剤師森山寛敏さん(70)は「(潮来駅手前の)十二橋駅を出たところで急に停車し、地震があったと車内放送があった。暖房が弱く、寒くて苦労した。携帯電話で家族や職場と連絡してじっと待っていた」と話した。

 また、総武線飯倉―八日市場間では、千葉発銚子行き普通列車(乗客約180人)が立ち往生。成田線笹川―小見川間でも、銚子発東京行き普通列車(同約300人)が運転をストップ。乗客はバスで代替輸送された。

 千葉市から銚子市に通勤している男性会社員(37)は、「3時間近く電車内に閉じ込められた。いつ運転を再開するのかという説明がなく、イライラした」と、疲れた表情で用意されたバスに乗り込んだ。

 JR京葉線では一部区間で徐行運転が行われた。千葉みなと駅で電車を待っていた千葉市若葉区、私立大1年小島彩乃さん(18)は、入学後初めての講義に向かう途中だった。「早めに家を出たが、1時間以上も遅れそう。記念すべき講義から遅刻なんて縁起が悪すぎる」と苦笑していた。また、都内の会社に出社途中の同市緑区の男性会社員(34)は、「途中のJRの駅で電車が約30分動かず、蒸し風呂のような車内に缶詰めにされた。状況説明のアナウンスも遅く、対応が悪すぎる」と憤っていた。
posted by k at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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