2005年05月11日

「今度オーバーランしたら外される」高見運転士もらす

「今度オーバーランしたら外される」高見運転士もらす

 兵庫県尼崎市のJR福知山線で快速電車が脱線した事故で、この電車の高見隆二郎運転士(23)(死亡)が昨年6月、オーバーランし、訓告処分を受けた後、親しい知人に「次やったら、乗務を外される」と話していたことが11日、関係者の証言でわかった。

 関係者によると、高見運転士は「オーバーランの距離や、電車が遅れた時間を細かく書いて報告しないといけない。始末書もいっぱい書かされる」と落ち込んだ様子で話し、「今度、大きなミスをしたら、運転士をやれなくなる」と漏らした。高見運転士はオーバーランした翌日から、机上で運転の基本などを再教育される「日勤」を13日間受けた。

 運転士になる直前の昨年5月、知人と一緒に乗客としてJR片町線に乗った際には、先頭車両の運転台近くで、先輩の運転士から教わったブレーキポイントや速度確認の地点、速度などを書き込んだ路線図や、注意事項をメモしたノートを知人に見せながら、「これを覚えないと運転できない。運転士になるのは難しい」と説明していた。また、「先輩から『運転士になっても、うちの会社では、すぐに(乗務から)降ろされることがある』と聞かされた。そうならないよう気をつける」と話していた。

 この際、「(遅れを取り戻す)回復運転ができる運転士が優秀」ともいい、「回復運転は、運転の基本を示した正式な文書には載っていないが、先輩の運転士から口頭で教わった」と明かしたという。

2005年05月07日

<JR西日本>事故調の指摘後も「定時運行優先」変えず

<JR西日本>事故調の指摘後も「定時運行優先」変えず

 02年にJR京都駅で起きた電車によるポイント破壊など連続3件の事故とJR出雲市駅であった車両火災で、JR西日本が国土交通省航空・鉄道事故調査委員会から、「定時運行の強い意識が焦りを招いた」と指摘されていたことが6日、分かった。しかし、同社は二つ目の調査報告書が出た半年後のダイヤ改正で、福知山線の所要時間を変えずに快速停車駅を1駅追加。直線区間で速度を20キロ上げて運行せざるを得なくなった。兵庫県警尼崎東署捜査本部は、高見隆二郎運転士(23)=死亡=が所属していた京橋電車区などの運転士らから事情を聴取。相次ぐ事故にもかかわらず厳しいダイヤを組んだJR西日本の運行実態解明を急いでいる。
 京都駅の事故は02年4月13、14日に発生。駅構内の運行制御装置の改良工事中、手作業のポイント切り替えや信号表示のミスで電車が切り替わっていないポイントに進行してポイントを破壊し、2電車が構内で先行列車に約250メートル、380メートルまで異常接近して緊急停止した。出雲市駅で同年5月16日にあった事故は、溶接工事後の作業確認不十分で7両編成回送列車の屋根の一部を焼いた。
 どちらもけが人はなかったが、事故調査委員会は列車脱線や衝突事故になる可能性があったとみて調査。京都の事故では02年10月の調査報告書で「定時運転確保に対する強い意識が、異常時において焦りをまねき基本動作の確実な実施を阻害した可能性があった」と指摘。出雲の事故でも、03年6月の報告書で「列車の発車時刻を遅らせてはいけないとの強い意識が関与したことが考えられる」と指摘した。
 報告書は常勤の取締役ら同社役員にも報告され、JR西日本広報室は「作業時に手順をチェックするリスト使用を義務付け、列車の遅れより安全という基本に立ち返る意識づけをした」と説明。しかし、脱線した福知山線では03年12月のダイヤ改正で運転士が直線の速度を上げなければならなくなったのに、制限速度超過に反応してブレーキが作動する新型ATS(自動列車停止装置)は未設置だった。
 さらに事故後、事故電車に乗っていたJR西日本の2運転士が救出活動せずに出勤したことや、大阪支社天王寺車掌区の区長ら43人が事故当日午後に懇親目的のボウリング大会に興じていたことなどが発覚。JR西日本の体質は安全軽視との強い批判が出ている。

2005年05月04日

車掌に虚偽報告強要か=「速い感覚なかった」発言−労組関係者指摘・JR西日本

 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、JR西日本が、事故を起こした快速電車の松下正俊車掌(42)に対し、スピードの出し過ぎを感じなかったと報告するよう強要していた疑いのあることが2日、同社労組関係者の話で分かった。
 車掌が所属しているJR西労の上部組織、JR総連(東京)によると、西労幹部が車掌に面会し、JR西日本による車掌への聞き取り調査の内容を確認した。
 JR総連の説明では、車掌が同社側から聞き取りを受けた際、スピードの出し過ぎはなかったとの内容の報告書が既に作成されていた。同社担当者は「そうですよね」と同意を求めたが、車掌は否定したという。
 同社は聞き取り調査に基づく内容として、事故のあった4月25日の記者会見で、「車掌はお客からの苦情に対応しており、速かったとか遅かったかの感覚はなかったと聞いている」と発表した。
 しかし、兵庫県警尼崎東署捜査本部などのその後の調べで、電車が速度超過でカーブに進入する前に、車掌が運転指令所に「車両が揺れている」などと報告していたことが分かっている。 

2005年05月02日

<尼崎脱線事故>2両目で奇跡的に生き残った乗客の証言

 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故では、死者107人のうち約70人が、マンション側壁に衝突し「く」の字形にひしゃげた「2両目」に集中した。毎日新聞は、2両目で事故に遭って奇跡的に生き残った乗客に事故当時の詳しい状況を聴いた。助かったのは、大半が脱線後の車両の傾きと反対側の右側にいた人で、つり革を持っていたり、折り重なった人の上方に位置するなど、衝撃のショックや窒息状態を緩和する要因が重なったケースだったことが浮き彫りになった。2両目は定員163人。58人が座れる座席は埋まり、ほぼ同数の立ち客がいたという。続きを読む
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