2005年04月29日

尼崎脱線事件と呼ぼう

今回の事故、非常に人為的なミス、ミス隠しの体質などが多く見られる。

事故というより事件というほうが適切ではないか、という論調も多々見受けられる中、
当BLOGでは、「尼崎脱線事件」としての名称を確定させ、責任の追及を強化する一方、JR西日本に改革を促すことが、今後の事件防止にもつながると感じたので、当面そうさせていただこうかなと思う。

有志の方は、追随していただければいいなと思う。
この記事へのコメント
この度の「尼崎脱線事件」の犠牲になられた多くの方達には衷心よりご冥福をお祈りします。皆様の尊い尊い命が、残された我々に一つの大きな問題提起を残されました。背負いきれない程のたくさんの夢、希望,苦労をして得た数多く思い出は一瞬のうちに消失してしまい、嗚呼、あまりにもいたましく名残惜しい事であったことを思い、この悲しみをご家族の皆様と共有させて頂きたく、お線香の一本でも上げさせて下さ。連絡先をお願いします。рO90−6471−6896
Posted by 長谷川文計 at 2005年05月01日 12:57
少しでも、罹災に合われた方々の御霊が安らぐ様に祈りつつ、皆様の尊い命が永久に忘れる事のない様に絶対に「許さない」気持ちを持ち続けていきます。是非RSSに登録をお願いします。
Posted by 長谷川文計 at 2005年05月04日 12:49
長谷川文計さん、コメントありがとうございます。
この事件に関しては、自然災害とはもはやいいきれず、きわめて事件性の高いものだと思いますが、当BLOGでは人為的な災害として長い目で追っていきたいと思っています。

遺族の方、実際に電車に乗られていたかた、目撃されたかたなどの情報もお待ちしております。
Posted by k at 2005年05月06日 07:57
現代社会は総てに於いて主格転倒の様相を呈して居る様に思える。「エコノミック・アニマル」と言う言葉が使われて随分久しいが、今回の電車による「ヒューマン・エラー」は人間性の著しく欠落した者が、安全性を無視し利潤の追求のみに奔走し、法の規制がなければ「モラール・ハザド」等は絵空事のように考えて「安全に対する意識の軽薄さが招いた事件ある。又このような被害者に対する不誠実な対応は、総ての国民を敵にまわす行為でもある。絶対に許されることは無い、一身にこの責任の重さを背負い続けなければならない。 合掌

Posted by 長谷川文計 at 2005年05月23日 19:17
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